既知の骨格 in「日建設計 竹橋オフィス」
わたしたちは、あまり知らないことでも、実はそのことを既に知っていたり、知っていると思い込んでいながら、本当はきちんと知らなかったりと、知覚や知識というものを曖昧に整えて生活しているように思う。
例えば、初めて訪れた旅先であるはずなのに、懐かしい町並みに思ってしまったり、物と物の隙間に入り込んだときに感じる、なんとも言えない安心感のようなもの。
こういったことは、誰にも教わっていないはずなのに、なぜか自然と理解している。
また、停止しているエスカレーターを歩く時に感じる気持ちの悪い感覚は、反復された日常の行為が身体に自然と馴染んでいき、イレギュラーなことが起きると無意識のうちに反応しているようなこと。
他には、町を歩いている時に、夕飯の支度の匂いが漂ってきて、「この家は今日はカレーだな」とか、時計を見ていなくても「だいたい18時頃かな」とか、こちら側が勝手に想像することで連鎖的に事物を理解していくようなことも、実際には見てもいないことなのに、知っているような感覚になる。
これらは、自身の体験に起因して生まれる既知の状態だが、ある特定の分野に身を置いた時に、それが自身の置かれた環境とは大きく異なっていても、否応なしに避けて通ることができない、当然のことのようにこちら側へ入ってくる、無防備に知ってしまう既知もある。
その分野の歴史だったり、常識だったり、それとできるだけ距離を置いたとしても、確実に身体に染み込んできてしまうようなこと。
カーテンというものを窓を覆うためのものと考えたときに、カーテンの分野には「2倍ひだ」というものがある。
窓の幅方向に対して2倍の寸法の生地を用いて窓のサイズに合うように設える方法で、室外側にレース、室内側に厚地を吊って、二連のレールに設けることで、4倍ひだになる。
この分野の中では、何の疑問も生まれない常識な作法であり、美しかろうがそうでなかろうが、それが適切だろうがそうでなかろうがかは関係なく、長い時間をかけて反復され続けてきてしまったことで、いつの間にかそれが規範になっている。
本計画が在するパレスサイドビルを設計した林昌二ら日建設計は、長い寿命を持つ敷地環境から決まる「骨格」と、可変性のある短い寿命の「装備」に区分し、それぞれの性格に応じた設計で1966年に竣工させている。
今回の計画は、更新頻度が比較的高い「装備」に区分されるカーテンの計画であるが、それが一義的な装備にとどまらないよう、「装備に内在する骨格」を与え、今後更新される際にも、この骨格に準ずることになるよう、この場所における規範を設けた。
カーテンを窓に吊る場合、そうでない場所に吊る場合に関わらず、レールが二連であろうと一連であろうと、1枚の幕であろうと、分割されていようと、特殊な素材やプロポーションであろうと、全てのものが対象箇所に対して、4倍ひだになるものとし、カーテンという特定分野では何の疑問も生まれない骨格を内在させる。
一見するとその骨格が見えづらいものであっても、誰がどう見ても既視感のある、ありふれたものであっても、運用、更新していくことに何もストレスが起きないように、この特定分野に在するものであれば誰でも扱えるプログラムを敷く。
新しい考え方が優、古い考えが劣、と対立させるものではなく、自分ではどうすることもできない事象に立ち向かうこともできるが、それを受け入れることもできる、もしくは、受け入れるしかないような状態を作る。
それは、立ち向かう対象が何なのかも、もはやわからない状態とし、ある目的を達成することよりも、目的を持つという行為そのものに意味があるようにしたい。
そのようなことを考えながら、それぞれの規範と向き合うことにした。
- 年
- 2025
- 所在地
- 東京都千代田区
- 種別
- オフィス
- 担当
- 山本紀代彦、森永一有
- 施工・施工管理
- 杉本隆治(マナトレーディング株式会社)
- カーテンレール製作
- 川原裕司(サイレントグリス株式会社)
- 建築の設計
- 浦俊弥、谷内啓太郎、遠山義雅、永久淳一、田嶋麻実(日建設計)
- 写真
- 河田弘樹